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地球交響曲第三番

龍村仁監督作品 出演者:星野道夫(写真家)/フリーマン・ダイソン(宇宙物理学者)/ナイノア・トンプソン(外洋カヌー航海者)

〜故 星野道夫に捧ぐ〜

「“母なる星地球(ガイア)”は、それ自体が一つの大きな生命体であり、我々人類は、その大きな生命体の一部分として、他の全ての生命体と共に、今、ここに生かされている」
これは地球交響曲「第一番」、「第二番」そして今回完成した「第三番」を貫いて流れる基本コンセプトです。この考えは別に目新しいものではなく、ほんの数百年前までは、世界中の全ての民族、全ての人々が誰でも知っていた事であり、又科学的に検証しても正しいと言える厳粛なる事実です。にもかかわらず、20世紀末の今を生きる私達は、この事実を、実生活の中でほとんど実感として感じられなくなって来ています。ここに我々の時代の不幸、そして危険が潜んでいます。
“母なる星地球(ガイア)”の大きな生命の中に生かされている、という事実が実感できなくなって来た理由は大きく分けて二つあると思います。その一つは、もちろん最近の技術文明、物質文明のめざましい進歩です。この進歩のおかげで、私達は、生きることのほとんど全てを自分たちの力でコントロールできる、と思い始めています。さらに、35億年という歳月をかけて営まれて来た“母なる星地球(ガイア)”の生命さえ、コントロールできるかの如き錯覚を抱き始めているのです。
これは、とても危険な兆候です。
そして、もう一つの大きな理由は、私達に“死”が見えなくなって来た、という事でしょう。私達が生きているという事は、その一瞬一瞬が無数の“死”に依って償われています。食べる事一つ取ってもそうでしょう。私達は食べ物になってくれる無数の生命の“死”に依って生かされている。しかし、その“死”は現代の日常生活の中ではほとんど見えない。さらに、私達が今こうして生きている、という事は、百年前、千年前、一万年前に、現実に二人の人間がいて、その人たちが喜びや悲しみ、苦しみを抱きながら必死で生きてひとりの子供を産み育ててくれたからこそ、今、私がこうして生きている。今の私達の“生”は、無限に連続している“生”=“死”の環の中で、今たまたま、ひととき生かされているのです。しかし、この厳粛なる事実さえ、今の私達の日常生活の中ではほとんど実感できなくなっています。

“死”は敗北ではない。
“死”は終わりではない。
“死”こそ、行き続ける者の“生”を激励し母なる星地球(ガイア)の大いなる生命に生かされていることへの感謝と喜びを呼び覚ましてくれる一瞬なのです。
我々の祖先は、様々な「神話」に託してこの厳粛なる事実を、日常生活の中で常にリアルに思い出し続けていました。その「神話」を失ってしまった今、私達は、21世紀の日常生活に通じる、新たなる神話の構築が必要なのではないでしょうか。 私達の生命が、“母なる星地球(ガイア)”の大いなる生命の中に生かされている、という事実は、技術文明、物質文明がこれほど迄に進歩した今でも、何一つ変わることがないからです。

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